Best My Friend 1日目−1−
京都御所 春の一般公開最終日
「……この場所に集合すること。遅れたら置いていくからな。じゃ、解散」
生徒はゆっくりとその場から離れはじめた。
この学校は運よく京都御所の一般公開にあたったため、希望者のみここを見学することが出来た。そのほかの生徒は左京区にある「平安神宮」に見学に行っている。
「メグ。いこうか」
ショートカットの少女が前に佇んでいる少女に話しかけたが、なかなか返事を返してこない。あきれた少女は、ボーとしている少女の顔の前で強く手を叩いた。いわゆる「猫だまし」だ。
「うぁぁぁっっっ!!」
びっくりして目を覚ました少女は大声をあげて、後ろに下がった。その声に振り向くほかの見学者達。
「この子は……立ったまま寝ない!」
「はっはいぃぃ。ごめんなさいっ!」
目覚めた少女が敬礼する。
「メグ」と呼ばれた立ったまま寝られる少女の名前は林めぐみという。中学生のわりには背が少々低いようだ。そして、めぐみを起こした少女は堺聖という。こちらは標準より少々高い。
「い〜〜い? 希望者を募ったはいいけれど、多すぎて抽選になっちゃった京都御所なんだからね! ちゃんと見ていくよ!」
めぐみはこくこくとうなずく。「よし」と聖はうなずくと、どかどかと歩き始めた。それにめぐみも遅れながらついていった。
「ねぇ、これって桜だよね? もう散っちゃってるよ?」
めぐみは「左近の桜」の前で立ち止まる。しかし、前を歩いている聖はその声に気づかず、そのまま歩いていってしまった。
「『ひだりちかづきの桜』かぁ。でも、右にあるのになんで左なんだろ?」
独り言を呟く。
『それはねぇ、紫宸殿から見て左側にあるからなんだよ。……それとこれは「左近の桜」って読むの』
めぐみの疑問に答える少女の声。しかも、間違いを指摘していた。
「へぇ〜〜そうなんだ。……って! 誰!?」
めぐみがふり返る。そこには、驚いた顔をした黄色い着物に赤い袴の少女がいた。
「あ……教えてくれてありがとうございます。で、どちら様です?」
『えっあ……、私は……右近。それよりも、あなた私が視えるの?』
いきなりふり返られた驚きと、他の驚きを含んで右近が問う。
めぐみは何がなんだかわからないまま、肯定の意味でうなずいた。
(これはこれは……実体化していないのに視えますか。それなら。)
『あなたに頼みたいことがあるんだけど……』
知らない人の話はあまり聞かない方がいい。が、
「私にできることなら」
人のいいめぐみは右近の頼みを聞くことにした。
『ありがとう! あのね、私をここから出して欲しいの』
その頼みにめぐみは首を傾げた。
右近は笑顔だった。
「お〜〜〜い! みんないるな! バスに行くぞ〜〜!!」
色黒の先生が歩き出すと、生徒がぞろぞろとついていった。その中にめぐみと聖もいた。そして、めぐみの隣…聖のいる方ではない方には見知らぬ少女もいた。
腰の辺りまである長い三つ編み二本に、深い黒の瞳。今では珍しい純日本人の雰囲気を漂わせている。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
心配そうにめぐみが耳打ちする。
「大丈夫。渡したもの、あるでしょ。それを本体としてるから、間違いなく出れるはずだよ」
その少女は右近だった。
右近は自分の本体である樹「右近の橘」が京都御所の内側にあるため、出ることができないと考え、その樹の実、橘を一時的に自分の本体としたのである。つまり、右近が「右近の橘の精霊」であることを、一時的に「右近の橘の実の精霊」としたのである。
そのため、めぐみの移動用リュックの中には少々小さめの橘が入っていた。
「いや……違うんだけど……」
めぐみが心配していたのは、右近が御所から出られるかどうかではなく、いきなり人数が増えて怪しまれないか。大丈夫か。と聞いたのであった。
「あの……」
めぐみを挟んで聖が右近に声をかけた。
「はい?」
「どちら様で?」
めぐみは「きた!」と思った。みんなに右近のことを聞かれたらどう答えようかと悩んでいた矢先のことであった。そんなめぐみをよそに右近は笑顔で答えた。
「ご挨拶が遅れちゃいました! 初めまして。この旅行で合流することになってた、橘右近といいます。よろしくお願いしますね」
右近はここまで考えていた。長年、御所を出ることを考えていた右近にとってこの程度はシミュレーション済だった。
ゆっくりとうなずき、聖も笑顔を返す。
「あたしは堺聖。こっちは……って知ってるか。一緒にいるんだもんね。こっちこそよろしく」
そういいながら手を右近の前に差し出す。右近はしばらくその手をじっと見ていたが、ちゃんと聖の手を握り返した。
「いや……実を言うと、この方の名前、知らないんです……」
「ああっ! そーいえばっ!! えっと、林めぐみです。メグって呼ばれてるよ」
めぐみは焦って早口で言った。
「メグはちょっと抜けてるから……いろんなところがね」
「あーそんな感じする!」
「右近ちゃんわかる!?」
聖はめぐみがいかに抜けているかを、右近が口を挟む間もないくらいの速さで話し始めた。しかし、これはめぐみの悪口ではなく、いかに聖がめぐみを好きかを聞いているような気がして微笑ましかった。
めぐみはそれを見て安心した。さっきまでの心配事も消えた。
そして……
右近はめでたく京都御所から出ることができたのだった。
To be continued