Best My Friend 1日目−3−




 いきなりの転校生として生徒と先生までも騙した右近を乗せたバスは今日、明日宿泊する宿へと移動していた。
 宿は知恩院の近くにあり、想像していたよりも小さく、狭かった。しかし、部屋からの眺めは結構良い。修学旅行での宿なので、これは良い方にはいるのだろうか。
 この部屋に入ってきたとき、聖が思わず呟いた。

「狭い部屋……。これに6人泊まれというのかね。さすがは5万円旅行……」

  5万円旅行−−−この修学旅行費用が5万弱なので、そこからついた通称である。もっとも、そう呼ぶのは聖しかいないが。



     ピンポンパンポーン



『班長会議を始めますので、班長は大広間「華」に集まってください』
「そんじゃ行ってくるわ」

 放送を聞いた聖は今まで飲んでいたお茶をテーブルに戻し、筆記用具と旅行のしおりを持って班長会議へ出かけていった。

「あたしたち、遊びに行ってくるね〜」

 聖がでていった直後、同室の3人の少女達も他の部屋へ遊びに行った。もともと、人数の関係で一つの班を二つに分けたのだから、もう片割れに会いに行くのであろう。
 部屋に残されためぐみはのほほんとお茶をすすっていた。その様子を右近が興味深く見つめる。

「……右近も飲む?」

 こくこくとうなずく右近。
 出されたお茶におそるおそる手を伸ばす。非常にゆっくりとした動作で一口、口に含んだ。

「……美味しい……」
「そお?」
「初めて飲んだからよくわかんないけど、これが美味しい。なんだと思う」

 右近はそれが気に入ったのか一気に飲み干し、自分で注いで飲んでいた。

「あ、そういえば。京都御所を出た理由ってあるんでしょ? 教えてくれる?」

 めぐみからの唐突な質問だった。
 右近は少々顔を曇らせて湯飲みを置いた。

「……左近を捜すの」
「左近?」

 めぐみの知らない固有名詞が出てきたので、聞き返してみる。

「うん。私と会った桜の木、覚えてる?」
「『左近の桜』のことだよね」

 今日の記憶であるからすぐに出てくる。

「あの樹の精霊。なかなか帰ってこないから、捜しに行くの」
「なかなかって……どれくらい?」
「50年」
「ごじゅうねん!!?」

 めぐみの叫びが部屋に響き渡る。部屋のドアも開いているため廊下を歩いていた生徒らが驚き、通りすがりに部屋をのぞいていった。
 50年も帰ってこない−−−それなら、もう……とめぐみは思ってしまったが、よく考えてみると。右近の言う左近とは「樹」であって、50年位は軽く生きていそうである。あの桜を見ても、すぐに枯れてしまうような印象はうけなかった。

「なんでいなくなっちゃったの?」

 右近は黙ったまま。

「……とっ、とりあえず! 明日は自由行動だから、捜してみようよ」
「あ……うん。頑張らなきゃね!」

 普通の、出会ったときの右近に戻った。

「ただいま。あれ? あとの3人は?」

 聖が会議から戻ってきた。

「おかえり〜。他の部屋に遊びに行ったよ」
「アイツら〜……ご飯来ちゃうじゃん」
「ご飯? この部屋で食べるの?」

 めぐみの質問に聖がうなずく。

「普通、修学旅行での食事といえば、大広間とかで食べるものじゃないの?」
「ここにはそんな大きな部屋はないの」

 そういって、手に持っていたしおりを開き、この宿の見取り図をめぐみの前に置いた。じーっと見つめてめぐみと横からのぞく右近。手にはまだ湯飲みがあった。

「確かに」
「それらしきものはないねぇ」
「でしょ?」

 聖は溜め息をつきながらしおりを閉じた。

「ただいまっ! あっちの部屋、ご飯きてたよぉ」

 遊びに行っていた3人がバタバタと帰ってきた。
 ふと、めぐみは気がついたことがあった。それを右近に耳打ちする。

「ねぇ。ご飯食べられんの?」
「はい?」
「だから、ご飯。食べられるの?」
「食べられる……と思うよ。栄養にはならないけど」

 本来、樹である右近の栄養は太陽の光と水。人間の食べ物で栄養がとれるはずもない。

「なにしてんの。ジャマだから、こっち来てな」

 聖に言われ、2人は壁に寄った。
 仲居達が忙しなく食事を運んでいるのを6人はぼーっと見ていた。みんな、手伝おうとは思っているのだろうが、今手を出したら足手まといになってしまうのが関の山だった。
 そうしている間に準備が整い、

「終わりましたら外に重ねておいてください。それでは失礼いたします」

 一礼して出ていってしまった。

「あ、ありがとうございました〜……」

 お礼の声は仲居達には届いていないだろう。



To be continued