挑戦 -「amitié amoureuse」episodeU ex-




*ちょっとご注意*


このお話は、「ORAS」早期購入特典の「色違いのダンバル」を元ネタにして書かれています。
このダンバルの親はダイゴさんでメガストーンを持っていますが、お話の構成上、若干の違いがあります。

具体的には。
 ・シロナさんが、ダイゴさんから色違いのダンバルを直接貰う。
 ・このダンバルはメガストーンを持っていない。
 ・覚えている技が違う。

ついでに、当サークルの捏造設定
 「チャンピオンは、無闇にポケモンバトルしてはいけない」
  (↑敗北した場合、即チャンピオン交代となるため)
も含まれています。





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 この先で待つ、チャンピオンと対峙するための長い長い廊下を歩いて行く。
 かつかつ、かつかつ、頑強な石の道にヒールの音が響いて実に心地よい。

「……いいわね、この空気……!!」

 何よりも、このピリッとした研ぎ澄まされた空気。思わず出た独り言は、どこか弾んでいる。
 それは今まで自分が作り出し、相手へ与えるものだった。しかし、今は違う。
 逆だ。楽しんでいる。自ら作り出したこの状況を。
 歩いていた先に、その人の姿が見えた。優しい大空を思い起こさせる色の髪、高貴といっても過言ではない身なりをした、この地方の頂点。
 バトルフィールドへと続く入り口を背に、彼は一歩私の方へ進み出た。

「ようこそ、ホウエンリーグへ! 待っていたよ、チャレンジャー。僕はダイゴ。ここのチャンピオンを任されている。まずは、君の名前を教えてくれるかな?」

 うつむいていた顔を上げ、口上を述べるホウエンの王者。私が北の女帝なら、彼は南の帝王だろうか。どこかで聞いたことありそうだ、その名称。
 彼の素性を知っていてこういったことも言いそうだけれど、そのセリフはどこか演技じみている。なら、私もそれに乗って見せよう。
 胸元に左手を当て、右手でコートを広げる。そのまま頭と上体を軽く倒して、お辞儀とする。

「ホウエンより遥か北方。シンオウ地方カンナギタウンのシロナです。ホウエンリーグチャンピオン、アナタの胸をお借りしたく……」
「君は自分が何をしているかわかっている?」

 私の酔狂は彼の言葉によって遮られた。
 つまらない。せっかく考えたのだから、最後まで言わせなさい。
 顔を上げると案の定、彼は訝しげな表情で見つめている。

「勢いと成り行きよ、チャンピオン」

 距離にして数メートル。声を張り、届くように答える。
 そうして、ベルトからモンスターボールを取り外し、自分の背後に向かって投げた。
 ポケモン達がボールから出る音と手の中に戻ってくるボール。後ろを見れば、頼もしい私の仲間達が五体揃っている。

「私はこの子達とジムをまわり、バッジを集めた。ポケモントレーナーのその先にあるのは、リーグ挑戦でしょう?」

 ゆっくり私へ歩み寄り、肩越しに顔を出したガブリアスの頭を腕を上げて撫でる。
 真っ正面にいる彼を見据えたまま。ガブリアスも同じように彼を見つめている。

「そして、ここにもうひとり」

 もう一つボールを取り出して、両手の平の中で大きさを元に戻した。
 ボールに唇を寄せて、「出ておいで」と伝えると、私の秘蔵っ子は飛び出していった。

「!!」

 その子を見て、彼は明らかに驚いた。良いわ、その表情。それを見たかったの。
 きらり、光を放ちながら出現したのは、銀色のメタグロス。通常のメタグロスとは色違いで、さらにメタリックな色合いをしている。
 私のメタグロスに近寄って、身体に触れながら立て膝を付く。寄り添うようにしながら、立ちはだかる彼をうっすらと微笑みながら見上げた。

「アナタのメタグロスとは違ってメガシンカは出来ないけれど、正直強いわよ。この子は」
「いいね。そこまで言うならお相手しよう、無敗を誇る北の女帝。この勝負の果てに導き出される道は誰にもわからないんだから」

 私と同じように不敵な微笑みを湛え、チャンピオンは腰からボールを取った。
 どこか柔らかい雰囲気は消え去り、ピリッとした痛いくらいの緊張感に辺りは包み込まれる。
 これは上々。ここまで乗ってくれると、私としてもとても楽しい。さて、

「ええ!
 ……と、言いたいところだけど、棄権するわ」
「は!?」

 私の突然の発言に面食らったような表情と声。
 そんな彼の手からボールが落ちて、ネンドールがその場に訳もわからず出現されたのだった。





「結局、なにしに来たの」
「なぁにその物言い! まるで私に会いたくなかったみたいじゃない」
「いや、それは否定するよ。けど、リーグのチャレンジャーとしては、会いたくなかった」

 場所を移動して、ホウエンリーグのロビー。
 彼は私にコーヒーの缶を渡して、隣に座った。ソファがその体重を受けて、揺れる。

「不戦勝扱いになるっぽいけど」

 こちらを窺うように頭を傾けているが、ひらひらと手を動かして対応する。

「まあ大丈夫よ、負けてないもの」

 戦っていないのだから、負けていないでしょう? なら、何ら問題ない。
 チャンピオン戦はバトルビデオに記録されるけれど、その前の立ち合いは記録されない。さらには、私たちが話していたのはバトルフィールドの手前。記録されているとしたら、監視カメラくらい。

「え、シロナさんは不戦敗……」
「実力と相性は私の方が上」
「胸を借りたいって言ったわりには大した自信だね。それはいいや、理由を教えてくれる?」
「ダイゴ君から貰ったこの子」

 缶コーヒーをテーブルの上に置いて、メタグロスを出現させる。
 色違いの子はボールから出る度に光って綺麗。メタグロスのメタリックボディは、その光をさらに反射させる。
 彼が立ち上がり近づくと、メタグロスも嬉しそうに歩み寄った。それも当然か、久しぶりの再会なのだから。

「メタグロスになったんだね。色艶もいいし、形も凄く綺麗だ。傷は名誉の負傷かな。大事にしてくれてありがとう、シロナさん」

 その大きな身体に手を這わせながら、彼はこの子の様子を見ていく。
 ダンバルの頃はとっしんしか覚えないし、使えないからどうしても傷が多くなる。強く成長するためには仕方ないのだけれど、やっぱり心は痛む。

「うちの子と戦ってレベル上げてたんだけど、なんだか言うこと聞いてくれなくなっちゃって」
「シンオウのバッジを持ってるんだろ?」
「でも、なぜかたまに指示無視されちゃうの。久しぶりよ、そっぽ向かれたりするの。逆に新鮮だったわ」

 ジムバッジには、能力の補正と誰かから貰ったポケモンにいうことを聞かせる効果がある。
 私もチャンピオンをしているのだから、当然ジムバッジを持っているわけで、その効果が発揮されるはずなのに。
 新鮮だったというのは嘘じゃない。でも、理由を考えて、考えて……ある一つの結論を出した。

「多分シンオウの水に慣れすぎないようにしてる。いじっぱりな性格なのよ、この子」

 立ち上がって彼とは反対方向へまわって、ひんやりとした鉱物の身体を撫でる。

「なついてない……訳じゃないだろうしね。そっか、いじっぱりか」

 彼は私とこの子の様子を見て何かを思ったらしく、にこにこと笑いながら撫でている。
 何、表情に乏しいこの子の何か見えたの?さすがはメタグロスの主人ね。教えて欲しいくらいだわ。
 でも、私は話を続ける。

「それで、ホウエンのバッジなら効果あるんじゃないかって思って……」
「バッジを集めてきたんだね。で、そのまま勢い余ってリーグ挑戦?」
「そう。メタグロスも言うこと聞いてくれるようになって、目的は果たしたんだけど……やっぱり私もトレーナーだったみたいだわ」

 自嘲気味にため息を含めながら笑ってみせる。
 思い立ったが吉日。メタグロス───その頃はまだメタングだったけれど、レベル上げにもバトル経験にもちょうど良いし、この子を手持ちに入れて、早速ホウエンのジムをまわった。
 チャンピオンに課せられた暗黙のルール、「無闇にポケモンバトルをしてはいけない」を無視して、挑戦者側のバトルフィールドに立った時の戦慄といったら……!

「ギリギリのところに立たされる感覚はなんとも言えなかった。ゾクゾクする」

 あのときの感覚を思い出してしまって、思わず自分の両腕を抱く。
 私の手持ち達は練度が高いから、相手の使うポケモンの数と自分の手持ちの数を合わせてバトルに挑んだ。
 ほんの少しの制限で、その危うさは格段に増す。さすがに四天王戦は少し辛かった。ゲンジさん戦で五体目を引きずり出された時は、ドキドキしたものだ。

「シロナさんはMだったのか」

 見当違いな彼の言葉に私の思考は帰還する。

「違うわよっ! まあ楽しい時間を過ごさせてもらったわ。キミにメタグロスを見せられたし」
「ちゃんと育ててもらって、親としては嬉しい限りだ。意外に早かったね」
「私の手持ちは知ってるわよね? 手がかかる子ほど可愛いの」

 長く一緒にいられるし、少しずつ強くなっていく姿を見るのは、とても感慨深い。
 メタグロスはダイゴ君から貰った子だから経験値も多く貰えるし、ジムをまわっている間にどんどんレベルも上がっていってしまったから、もう少しゆっくりと育てたかったなとも思う。

「そう言えば、ホウエンのチャンピオンロードってザルなのね。あれじゃバッジ持ってなくても登れちゃうわ」
「リーグ挑戦時には、バッジの認証してるよ。登りたければ登ればいいさ。僕も誰も止めないよ」

 シンオウのチャンピオンロードはゲートで認証していたから、そのまま通れてびっくりした。
 確かに、登るだけなら自由だけれど、それもどうなのかしら。

「チャンピオンロードも通ってきたの?」
「当然でしょ?」

 ジムバッジを集めた者だけが本来通れるその道を通らずして、ポケモンリーグに到達して良いわけが無いじゃない。
 お披露目できたメタグロスをボールに戻して、ソファに座って、コーヒーを一口。このメーカーはどれも当たりで失敗が少なくて良い。

「もし、あのままチャンピオン戦を行って、万が一シロナさんが勝ったらどうするつもりだったんだい?」
「万が一……ね。ホウエンシンオウ間を行き来なんて出来ないし、丁重に返上するわ」

 万が一に引っかかりを覚えつつ。そもそも、最初からチャンピオン戦をする気なんて毛頭無かった。
 チャンピオンの称号に執着はないけれど、みすみす放棄はしない。私が実力を認め、打ち負かされた相手になら喜んでこの地位を捧げよう。
 だから、私はその人物が現れるまでシンオウのチャンピオンに君臨し続ける。

「もし、ホウエンのチャンピオンになったら、住んじゃえばいいんじゃない?」
「ホウエンに?」
「うん。住むとこなら用意してあげられるよ?」
「冗談。シンオウでチャンピオンしてるうちはシンオウを出る気ない」
「それは残念」

 いつの間にか隣に戻っていた彼は缶コーヒーを握りながら、背もたれに身体を預けていた。
 「残念」といった言葉に、何らかの感情が交ざっていたように感じたのは、私の気のせいだろう。
 彼と同じように私もソファに寄りかかると、今まで無かった空腹感に襲われた。そういえば、お昼食べ損ねて、リーグに挑戦したんだっけ。

「なんか目的達成したらお腹空いちゃった! ダイゴ君、ホウエンでおすすめのお店ない? 連れてってよ」

 我ながら無茶ぶりだとは思う。それは彼にとってもそうで、呆れた顔で私を見ていた。
 そして、微かなため息。一応気づかれないようにしてるけど、私は感づいてるわよ、それ。

「ほんっと、僕のこと自由人って言うけど、君も大概自由人だと思うよ」
「なにか文句ある? 突然シンオウやって来るキミと同じことをしてるだーけ」
「そうですよね……かしこまりました、女王様。今から行けそうなとこピックアップするから、具体的に何食べたい?」
「そうねぇ……」

 具体的にといわれても、これといって思いつかない。
 彼が取り出したタブレット端末を覗き込みながら、私たちはお店の物色を始めるのだった。



end





最初は、ホウエンのジムバッジを持っていないシロナさんがチャンピオンロードを通ろうとして、ゲートで止められてしまい、
「売られた喧嘩は買うわ!」とジムまわってバッジ集めて、リーグへ殴り込み的な内容でした。
が、そもそものきっかけになるゲートがホウエンのチャンピオンロードには無かったんですねー……。

2014/12/28 発行
2017/06/01 web公開