Can't Stop My LOVE 5




 不安で心配で。
 一度でも手を放してしまったことを後悔していた。
 ただ、無事に戻ってきて欲しい。
 そう思っていた。





* * * * *





 失踪したスマイルの手がかりをつかめないまま、ただ時間が過ぎていた。
 アッシュはあのラジオ放送から自分の仕事も出来るだけ縮小し、心当たりのある場所から捜索を続けていた。
 しかし、メルヘン王国中を探しても見つけられなかった。





「根詰めすぎるのはいけない」

 コトリ。と机に突っ伏すアッシュの隣にカップを置いた。

「お前が倒れたら意味がないだろう?」
「……すみませんッス……」

 置かれたカップに口を付ける。ぼんやりとした頭にコーヒーの香りがやけに強く感じた。
 目線を上げて部屋の中を見回す。

 いなくなった住人を待ち続けるすっきりとした部屋。スマイルがいつ帰ってきてもいいように掃除も欠かしていない。

「……なんで見つかんねぇんスかね……」

 ユーリから言葉は返ってこない。

「……もう帰ってこないつもりッスかね……」

 机にあった短いチェーンを無意識のうちに弄くる。

「……なんで……」

 次に続く言葉を飲み込んだ。言いたくなかった。ずるずると再び机に突っ伏す。
 ボロボロと流れ始める涙も拭わず、ただひたすら彼にもう一度会えることを望んだ。

「……って!! ユーリ!!?」

 がばっと顔を上げ、隣に立つユーリを見上げた。

「いつ帰ってきたんスか!?」
「つい先刻だ」
「……で……どうだったッスか……?」

 おそるおそる聞いてみる。



 今までユーリはポップン界の神−−−MZDを訪ねていた。神ならばスマイルの居場所を知っている、分かるのではないかと思ったからだ。



「知っているような口振りだったが、教えてはくれなかった」

 MZDの言葉がユーリの脳裏を通り過ぎる。




『お前らの問題だろ? 自分らで何とかしろ。こんな時ばっか頼りにしやがって……。まぁ、何処にいるかは言えねぇが、ヒントはやろう』




「地球だ。スマイルは地球にいる」

 アッシュの顔が明るくなる。

「でも! 地球はアイツらが探してるはず!!」
「そう。私もそれを告げた。そうしたら……」




『探してねぇとこなんて山ほどあるだろ? それでも見つからなけりゃ、一生見つけられねぇよ』




「そりゃそうッスけど……」

 思わず苦笑を漏らす。さすがは神。
 しかし、これは一筋の光。あの神のことだから嘘かもしれないが、今はそのヒントに縋りたい。

「とにかく。スマは地球にいるんすね? わかったッス。オレ行ってきます」

 椅子から立ち上がる。

「疲れたでしょう? ユーリは休んでてくださいッス」

 「コーヒー、ありがとうございます」久しぶりにアッシュが笑った。それでも、ユーリは微妙な表情で。




 MZDのもとから去るとき、言われた。
 胸を指さし、

『アイツ。お前らに会ってから退行止まってた様だけど、今回のことでまた動き出したわ』




「待て」

 部屋を出ていこうとするアッシュを止める。

「……はやく見つけないと大変なことになる。はやく、見つけてやってくれ」

 その言葉にアッシュは不思議そうに首を傾げたが、笑顔で「わかったッス」といい、部屋を出ていった。





『ついでにアレも急激に動き出したから、早くみつけねーと二度と会えなくなるぜ? まぁ、それを望むなら別だけどな』





「多分、アイツの退行を止められるのはアッシュだけだ……。頼む、間に合ってくれ」

 ユーリの祈るような声が部屋の静寂に消えた。





* * * * *





 早速、アッシュは地球に向かう電車に乗っていた。

 メルヘン王国から地球への交通手段は電車だけ。発車時刻などは一切存在せず、ホームに立ったら電車が来ると不思議な方法が使われていた。

 仲間に連絡するための携帯電話を握りしめ、流れる景色を見つめる。
 何処を探していて、何処を探していないのか。地球のどこかにスマイルは必ずいる。

「見つかりますよね……。会いたいッスよ……スマ……」

 思い出すのは笑顔だけ。笑顔で自分の名前を呼んでいた。
 溢れそうになる涙をこらえ、地球の駅にたどり着いた瞬間、携帯電話が震える。

「いけねっ。電源落とすの忘れてたッス」

 携帯電話のディスプレイを見る。もし、マナーモードになっていなければ、滅多に鳴ることのない着信音が鳴っていたことだろう。そこには珍しい名前が表示されていた。
 足早に駅から出、通話ボタンを押す。

『あ、やっとつながった。もしもし? アッシュさんですよね?』
「そうッスよ。久しぶりッスね、マコトさん」

 電話の向こうにいるのは以前に一度一緒に曲を作ったマコトだった。連絡用に番号を交換していた。それでも、それ以降は互いに忙しいのか、気遣っているのか電話をすることはほとんどなかった。

『久しぶりですー』
「なんかあったんスか?」
『あのですねー。ちょっと相談したいことがあって……今から時間、いいですか?』

 意外な申し出だった。今すぐにでも探しに出たいアッシュは断ろうかと思った瞬間。

『アッシュさんにしか相談出来ないんですよー……』

 頼られているのがわかる。自分にしか相談出来ないほどな事に追いつめられているのか。と思い、

「わかったッス。何処に行けばいいッスか?」

 マコトは嬉しそうな声で、ある店の所在地を告げた。電車で移動しなければならないが、そう遠い距離ではない。

『すみませんっ! じゃ、お待ちしてます』

 電話が切れた。
 この間にスマイルがどこかに移動してしまうのではないかと不安になりつつも、今さっきした約束を破るわけにもいかず、今度こそ電源を切り、再び駅の中に戻っていった。





 マコトが指定した店は繁華街から一本道を逸れた、落ち着いた雰囲気の店だった。



     カラン



 ドアについた金属製のベルが心地よく鳴った。

「あっ。アッシュさん」

 カウンターに座っていたマコトが立ち上がり、小さく手をふる。

「マスター。奥の部屋、借ります」

 マスターと呼ばれた人物は小さくうなずく。
 「どうぞ。こっちです」と促され、マコトの後について店の奥へと進んだ。





「すみません。いきなりで……迷惑じゃなかったですか?」

 テーブルと椅子が4つだけ並んだ小さな部屋。周りにはセンスの良いインテリアが並んでいた。

「いや、大丈夫ッスよ」

 全然大丈夫じゃないのに。

「好きなもの頼んでください。お呼びしたの俺ですし、奢らせてください」

 マコトはメニューを見ながら適当に頼んでいった。
 思ったよりも早く運ばれてくる品にアッシュは少々驚く。

「ここの料理、美味しいんですよ。一度食べてもらいたいと思って」

 一口、口に運ぶ。確かに美味しい。これほどの味が出せるシェフに是非とも会ってみたいと思った。
 しかし、今は優雅に食事を楽しんでいる場合ではない。早く本題に入らなければ。

「それで、相談したいことってなんですか?」

 マコトは食事していた手を止め、真面目な顔でアッシュを見つめた。

「……スマイルさんの容態どうですか?」

 アッシュの耳がぴくっと反応する。

「Deuilの休止宣言からだいぶ経ってますよね。結構悪かったりするんですか?」
「う゛〜ん……でも、だいぶ前よりは良さそうッスよ」

 焦りを見せないように答えるアッシュ。しかし、マコトは。

「……嘘ですよね、それ」
「え?」



「嘘ですよね。スマイルさんは病気になっていない」



「……何言ってるんすか……」

 動揺を隠せない。声が震える。マコトは何処まで知っているのだろう。

「失踪して、見つからない。だから、Deuilの活動を休止させた……違いますか?」

 公開していないはずの「事実」にマコトが触れる。

「……どうして……そう思うんすか?」

 マコトは間をあけて答えた。





「スマイルさんは俺のところにいます」





 部屋の空気の流れが止まった。



 状況が把握しきれない。


 スマイルが……マコトさんのところに……いる?


「……本当に……スマイルなんすか?」
「本物です。間違いないです。っていうか、間違えようがないです」



 ああ、神様。貴方の仰ったことは本当だったんですね。少しでも疑ったりして申し訳ございませんでした。



「今すぐ逢わせてくださいッス!!!」

 がたん! と椅子を倒しながら立ち上がる。しかし、マコトはゆっくりと首を横に振った。

「落ち着いてください。まだ、お話ししたいことがあるんです」

 落ち着いたマコトの声がアッシュを優しくなだめる。
 まだ話に続きがある。今焦ってはダメだ。

「……あ……すみませんッス……。なんか取り乱しちゃって……」

 「大丈夫です」と柔らかく微笑んだ。

「えっと……スマはずっとマコトさんのところに?」

 倒した椅子を元に戻しながら聞く。

「いえ。俺の家に来たのは一週間前です」


 城を出てから半年以上は経過している。その間、何処にいたのだろう?


「ゴミを出しに行こうと路地を通ったら、いたんですよ」
「路地ッスか!!!?」



「もしかして……路上で生活してたんすか?」
「さぁ。それはわかりませんけど……。血だらけだったんですよ、スマイルさん」
「血だらけ?」
「はい。左手首にナイフを突き刺したまま……寝てたんです」
「寝てた!!?」

 また肯定の意味でうなずく。



 自傷してそのまま寝た。……スマイルならやりかねないが……。



「傷はもう治ってますよ。それはもうキレイに」

 それはそうだろう。スマイルは人間ではない。傷を付け、血を流すことは出来るが、それで傷跡を残したり死んだりすることは出来ない。



 ……それをわかりきっていて、スマイルは自傷行為に及んだ。



「……で、ちょっと気になることが……」
「なんすか?」

 左胸と首筋の間をおさえて、言いにくそうにマコトは口を開いた。

「……血を洗うのにお風呂に入ってもらったんですが……この辺りに……紅い跡があったんですよ」


 紅い……跡? まさか。


「彼もそれを知らなかったらしくて、『つけられてたんだ』って、呟いてました」

 考えるな。
 考えたくない。
 まさか。
 そんなことはしない。
 信じたいんスよ。

「身体を売った……ッてことッスよね」

 声が怒りを含む。それに気づいたマコトが慌てて言った。

「でも! それにもちゃんと理由があってっ……!」
「理由なんて関係ない!! どうしてそんなっ……」

 それから先の言葉は飲み込んだ。言ったらそれを認めてしまうようで。

「そういうなら……そういうなら! なんであの時、手を放したりなんかしたんですか!!」

 感情をむき出しにしたマコトの言葉が突き刺さった。

「大切な人なら、後悔するなら、手を放したりしなければよかったんですよ……」

 間をあけて、呟くくらいの声で言った。

「……オレも、好きで手を放したわけじぇねぇッス。ただ、本当の一番を見つけたから……」

 本当の一番がちがかった。それでも、一番でなくとも側にいて欲しいなんて、都合の良い考えなのか?

「本気で誰かに恋をしたら、今まで側にいた人を手放すその気持ち、俺にもわかりますか?」
「……わかると思うッス」
「じゃあ、スマイルさんの気持ちもわかるはずですよね」
「え……」
「それじゃ、そろそろいきましょう。それだけわかれば十分です」

 そういって、マコトは席を立ち伝票を持って部屋を出た。置いていかれそうになったアッシュは慌ててその背中を追った。





* * * * *





 日が少しだけ差し込む部屋。そうしたのは自分。

「好きなように使っていいですから」

 そういわれたからそうしただけ。
 帰ってきたらまた歌ってもらおう。あの歌を、彼に似た声で。
 録音された音よりその歌い方は彼に似ていて。あの時を思い出せた。





 玄関が開いた音がする。帰ってきたのかな? 家族は遅くならないと帰ってこないって言ってたし。
 部屋のドアが開いて、その姿を誰とも確認せずに抱きついた。

「ねぇ、歌って?」

 ……あれ? なんか抱き心地が違う? なんか背が……高い?

「いいッスよ。あなたのために歌いましょう」

 優しく抱き上げられてベッドに座る。
 あれ? マコトじゃ……ない? このしゃべり方って……。

「あ……」

 彼の名前を呼ぼうとしたとき、歌が始まる。



 「君が好きだよ」……ボクのためにいつも歌ってくれた。ボクのために作ったって言ってくれた。
 嬉しかったから、この歌が一番好きだった。

「だから愛して 愛して ずっと 離したくない」

 いつもこのフレーズを歌うと強く抱きしめてくれた。
 このことを知らないはずのマコト?にぎゅっと抱きしめられる。瞬間、頬に当たる柔らかい感触。





 紛れもない、獣耳。

「……アッシュ……」
「やっと見つけた……。もう離さないッス……」

 肩に感じる熱くぬれたもの。



 ああ……。もうダメ、離れられなくなっちゃうよ。

「…………見つかっちゃった……」

 アッシュの肩に顔を埋め、強く、強く抱きしめた。





−−−−−


道は重なる。再び。
しかし、望む道は重ならない。
指し示されるは最後の願い。

そして、また。
一つが最後を告げた


−−−−−



to be continued





たいへん長らくお待たせしました。

前回はポプキャラが出てこなかったのに対して、今回は多めです。
特に、当初予定のなかった神、MZDが出てます。
ユーリさんに探してる様子がない……。
と思い、神のもとに訪れてもらいました。

今回メインとなるはずだった「君が好きだよ」を
ちょっとしか絡められなかったのが残念です。
でも、絡めたらもう少し長くなってしまったし、
これくらいでよかったかな?とか。

出来れば、もうしばらくお付き合いくださいませ。

2003/07/31