Can't Stop My LOVE 6




 たくさん言いたいことも、聞きたいこともある。
 それでも、今は、再びこの腕の中に帰ってきてくれたことを嬉しく思う。
 たとえ、この先、今まで以上に辛いことが待っていようとも。





*****





 マコトの元からスマイルを引き取り、メンバーに無事見つかったと連絡を入れた。
 アッシュから携帯電話を受け取り、久しぶりにメンバーと話すスマイル。困ったように笑っている姿は失踪する前と変わらない印象をうける。しかし、それに何か違和感を覚えたのも……事実。
 ただ、ユーリとの通話をスマイルは断った。

 「ユーリとは電話じゃなくて直に会って話したいから」

との理由で。
 そして、このままメルヘン王国に帰る予定であったが、ユーリの提案により一晩、地球に宿泊することになった。





 シティホテル、最上階の部屋。
 そこにアッシュ一人きり。スマイルはすっかり冷えきった体を温めるため、風呂に行っている。

 ベットの縁に座り、ずっと考えていた。ふと見た淡い人工灯は思考をを曖昧にさせる。

 アッシュは複雑な心境であった。先刻まではスマイルが見つかったうれしさ、安堵感が支配していたのだが、今は抱えていた大きな問題がそれらを押しのけ、浮上してきた。
 近くを探したというメンバーにその存在を気づかせず、半年以上の間、何かから逃げていた彼。今も不安定な状態であることには変わりないだろう。
 相手を思えばこそ、傷つけるようなことは言いたくない。でも、このまま伝えないわけにはいかない。
 心は痛み続ける。

 浴室のドアが開き、スマイルが戻ってきた。バスローブを身につけ、腕には今まで着ていたものと山のような包帯。

「……キミも入ってきなよ。冷えちゃったでしょ?」
「オレは大丈夫ッス。それより、何か食べるッスか?」

 ルームサービスのメニューをスマイルに見せながら聞く。

「ううん。何か食べるならキミの料理がいい」

 うっすらと微笑むスマイルの表情に胸が高鳴る。
 彼から腕に抱かれていたものを受け取る。コートはハンガーにかけて、服も形を整えてたたむ。包帯はうっすらと汚れていて、一度洗わなければと考える。しかし、今スマイルから目を離してはいけないような気がした。とりあえず、包帯はソファの上にまとめて置く。

「また軽くなってたッスよ。ちゃんと食べてたんすか?」

 スマイルが座っている隣にアッシュも腰を下ろす。

 マコトの家から出たとき、やたらふらつく姿を見たアッシュはスマイルを背負ってここまできたのだ。人の目など気にしない。名前を呼ばれても気にしない。ここで振り返ったら負けだ。ただずっと気になっていたのは、彼の重さ。もともと驚くくらい軽かったが、さらに軽くなっていた。

「ん〜……」

 答えは曖昧。
 膝の上に置いてあった手を握る。風呂に入ってきたためかいつもの体温より少々高い。

「あ……置いてきちゃった……」

 思いだしたように呟く。

「何をッスか?」
「ポータブルプレーヤーとCD……」

 せっかく手に入れたものなのに。声が聞きたくて、身体を売ってまで手に入れたものなのに。

「……城から持っていったものじゃないッスよね」

 スマイルが自室から持ち出したものは何もなかった。全てそのままで、スマイル自身がそこからいなくなった。なら、それは出ていった後に手に入れたもの。
 マコトから告げられたことを思い出す。そこから導き出された事も思い出す。

「うん」
「……どうして……」

 言葉は続かない。「どうして」と聞いても、その答えは聞きたくなかった。

「『どうやって』じゃなくて『どうして』って聞くんだ……。…………知ってるんでしょ? マコトから聞いたんじゃないの?」

 紅い単眼が隠された両眼をのぞき込む。
 ハッとしたがもう遅い。

「ある程度は……聞きました。でも! その理由はわからないままッス。それに、出ていった理由だって!! 聞きたいこと、たくさんあるッスよ!」

 訴えかけるように。

「……君たちの声が聞きたかったんだよ」

 単純な理由。少し離れただけで聞きたくなった。

「それなら帰ってくればよかったんじゃないッスか?」



「……あそこにはもう僕の居場所はないから」

 だから、逃げるようにして出ていった。全部置いて。祈っていたのは二人の幸せ。それなのに、なんでこうなってしまった?

「居場所がない? そんな事ねーッス。むしろ、あそこにはスマの居場所しかないんス。一人でも欠けたら意味がないから……オレ、スマが見つかって本当に嬉しかったんスよ」





「…………本当に? 本当に嬉しかったと思ってる?」





 単眼は心を見抜く。



「本当は、このまま見つからなければ−−−と、思ってたんじゃないの?」



 動悸が激しくなる。
 ふといきなり目線をはずし、俯いた。





「……ボクが何も知らないと、思わないで」





「ッ……スマ!!」

 スマイルの肩をつかんで真正面から見つめる。

 彼は何処まで知っている? 出ていった原因はそこにある? だとしたら、これは全て自分が原因……。

 俯いていた顔を上げて、ふっと微笑んだ。

「わからないと思ってた? 気づいてないと思ってた? キミはわかりやすいんだよ。ボクを通して彼を見てたでしょ?」

 自分の言葉で自分を追いつめていく。

「……ごめんなさいっ!! 謝ってすむ問題じゃないのはわかってるッス! でも、でもっ……」

 辛そうに顔を歪ませるアッシュの背を抱く。彼も優しく抱きかえしてきた。

「たくさんっ! あなたを傷つけてきましたっ……ずっとずっと……。覚悟は出来てるッス。叩くなり、罵るなり、スマの気がすむようにしてくださいっ!!」

 精一杯の謝罪。痛いほど理解できる。

「……じゃあ……」

 体を離して、少し間をおいて。
 何を言われるかわからず、アッシュは少し緊張しているように見えた。

「ボクを抱いて? これで最後。全部チャラにしてあげる」
「は!!?」

  一瞬、何を言われたのかわからなかった。出てくると思っていない言葉が発せられたからだ。
 まだ混乱しているアッシュをよそに、スマイルは話を進めていく。

「一回だけでいい。あ、でも、もうユーリしか抱きたくないか……。…………そっか……見ず知らずの男に抱かれたボクなんかきたなっ……!」
「そんなことないっ!! そんなことないッスから、言わないでくださいっ!!」

 声をかき消すような叫びと共に、彼の身体が折れてしまうくらい強く抱きしめる。

「じゃあ……ボクのお願い、聞いてくれる?」
「それでいいのなら……」
「いいよ。これがボクの最後の願いだから…………叶えて……」





 それがきっかけだった。
 どちらからともなく瞳を閉じ、ゆっくりと唇を重ねた。





* * * * *





「……っ、はぁ!!」

 アッシュは悪夢を見ていたような感覚に襲われて、目を覚ました。
 微かにカーテンが開く窓からはまだ陽の光は見えない。ベッドサイドの時計を見ると、まだあれからそんなに時間は経っていなかった。

 スマイルの望んだ最後の情事。想いに答えられないのなら、せめて彼が満足出来るように。失踪する前……自分の本当の想いに気づく前と同じ気持ちで抱いた。

 はぁ……と溜め息をつき、隣で静かに眠るスマイルを見つめた。

『ボクは混血児だから、いついなくなるかわからないんだよ。でも、キミが必要としてくれるなら、ずっといられるような気がする』

 そう、夢の中で彼が言っていた。いや、以前に実際に言った言葉だ。
 自分の腕の中で、自分の一番好きな笑顔を浮かべて言った。

「思えば……あのころが一番幸せだったのかもしれないッスね……」

 起こさないように小さな声で呟く。柔らかい髪に指を絡ませる。
 ふと、情事の合間に言われたことを思い出す。

『次の朝が来て、目が覚めたら、こうなる前のボク達に戻るんだよ』

 隣と言っても、密着しているわけではない。遠慮がちに少し離れているのだ、スマイルは。
 その隙間を流れる空気が嫌で、身体を寄せて抱きしめた。が、何か違和感を感じる。あるべきものがない。そんな感じだ。
 かかっている毛布をやや乱暴にあけてその違和感を確認する。

「!!?」

 声にならない驚きというものか、そう頭の冷静な部分が考えていた。


 スマイルの片腕が消えてしまっているのである。


 恐る恐るアッシュはその腕があるべき部分へ手をのばした。手は腕を通り抜けて胸の横に触れる。微かに見える肩はまだ触れることが出来た。


 いつものように姿を消しているのではなく、「存在そのもの」が消えているのだ。


『キミが必要としてくれるなら、ずっといられるような気がする』

 もし、あの言葉が本当のことなのだとしたら、自分はものすごいことをしでかしてしまったのではないか?

 言い表せない不安がアッシュに押し寄せた。
 自分の想いが離れたせいでその存在すら危うくなっているのか? 言い換えれば、自分の想い、それだけで存在を維持してきたのか?

「……ん……さむ……ぃ」

 スマイルが微かに身じろぐ。毛布をめくりあげたままだったため、上半身を外気にさらしてしまっていた。

「ああ、ごめんさいッス」
「……なぁに? もう、起きる時間……?」

 目を擦る手はさっきまで消えていた方の腕。再び現れたことに安心したアッシュは深く溜め息をつき、毛布をかけ直してやった。

「まだ夜が明けるまでしばらくあります。ゆっくり寝ててくださいッス」

 スマイルは返事をせず、一度うなずいて再び眠りについた。
 ぽんぽんと背中を軽く叩く。安心させるように、自分も安心するように。

 出かける前、ユーリに言われた『はやく見つけないと大変なことになる』は、このことなのだろう。これは止めることが出来るのかも、この先どうなってしまうのかもわからない。

「ユーリなら多分、知ってるッスよね。大丈夫、また、前のように過ごしていける……」

 祈るような思いで言葉を紡ぐ。
 拭いきれない不安を抱きながら、アッシュも静かに目を閉じた。





−−−−−


最後の願いは叶えられ、
一時の安息が訪れた。

しかし、道は続く。
すぐそこに迫った、最期への扉に向かって。


−−−−−



to be continued





1年間以上放置していました。
それなのに、続きは予定より短いものになりました。

実は情事シーンを入れる予定だったんです。
けれど、ばっさりと切ってしまいました。
描写するより、こっちの方がいいと思ったんです。雰囲気的に。

次回、最終話です。もうしばらくお付き合いください。

2006/01/31