EDEN


※ R-18描写のないところを抜き出しています。

 1.EDEN(先輩×会長/ソフトSM)
 2.Citrullus lanatus(スイカ化智樹×イカロス、ニンフ、アストレア/触手もどき)
 3.真実の唇(先輩×会長/擬似初夜権?)


◆1.EDEN 



「いきなりだけど、縛って欲しいの〜」

 英四郎のいる新大陸発見部の部室に、朝一番にやって来た幼馴染みの第一声がこれだった。

「……」

 英四郎は何も言わず、ただ眼鏡を曇らせて、美香子を見ている。彼女は手に麻縄の束を持ちながら、ウキウキとした表情で細かくくねくねと動いていた。

「変態と名高い英くんだもの〜亀甲縛りのやり方くらい知ってるわよねぇ〜?」

 「その『変態』とは違う」と、つっこみたい英四郎だが、あえて沈黙をつらぬいた。
 眼鏡の位置を直しながら、彼は視線をそらす。よからぬ事に巻き込まれるのは目に見えている。そのままシラを切り通そうとしたが、横顔に有無を言わさないというような視線が突き刺さっていた。

「まあ解らなくはないが……」

 折れた。ここで英四郎が折れなければ、いつまでもこの状態が続いていただろう。

「じゃあお願い〜」

 英四郎の快い返事に、美香子は良い笑顔で持っていた縄をぱんっと鳴らした。早速それを手渡し、自分は制服を躊躇なく脱ぎ始める。
 英四郎はまとまっていた麻縄を解しながら、手に馴染むその質感に驚いた。
 本来、緊縛に使う場合の麻縄は水に浸したり馬油を塗ったりと、仕込みをするのだ。美香子の用意してきた縄はその仕込みが既に済んでいる。
 自ら施したのだろうか───そうも思ったが、綺麗にまとまっていたため、どこかで購入
した物だろう。麻縄特有の匂いとその表面にコーティングされている何か甘い香りする。おそらく、緊縛専用の「大人のお道具」だ。
 何を目的で所有していたのか考えるのを彼の頭は拒否した。軽く頭を振って、再度眼鏡の橋を押し上げる。
 英四郎が美香子の方を見ると、既に彼女は下着姿だった。脱いだ制服はそのまま近くのテーブルの上に引っかけてある。
 下着にも手をかけようとしたところで、彼は声をかける。

「そこまで脱がなくていい。下着の上から縛る」

 声に気がつき、顔を上げた。彼女の頬は桜色に染まっていながら、いつもと変わらない微笑みを浮かべている。
 美香子は下着だけになった姿で座っている英四郎に近づき、見下ろしながら小首を傾げてみせた。やや腕を開いて、彼を迎え入れようとする蠱惑的な仕草だ。
 英四郎は大きなため息をついて椅子から立ち上がった。

「何があった?」





◆2.Citrullus lanatus 



「開けなさい……」

 ドスを聞かせた声が、ニンフの真後ろから聞こえる。
 間違いなく、雨戸の向こうにいるイカロスは怒っている。……そうニンフは大量の冷や汗を背中に感じながらそう思った。
 普段大人しくて、従順な存在こそ、怒らせたら手がつけられない。
   バキィッ!!
 唯一のガードだった雨戸を突き抜けてきたのは、当然イカロスの手。ニンフもこれくらいでシナプス最強と言われた彼女をガードできるとは思っていなかったが、まさか突き破るとも思っていなかった。それに、私服で出かけたはずだが、突き抜けてきた腕にはアーマーがついている。
 ちらり、とその穴を覗くと、紅い目が見えた。
 マズイ。この状況は真面目にマズイ。……さらにニンフの動力炉は乱れ始める。
 今ニンフ達が何かを隠していること。そして、それにイカロスのマスターである智樹が関わっていること。加えて、彼女が大切に育てていたスイカが全てなくなっていること。
 イカロスに対する問題が重なりに重なってしまっている。現時点で天空の女王(ウラヌスクイーン)と化しているイカロスに、最終兵器(アポロン)を放たれてもおかしくはない状況だ。いや、さすがにそこまでは……とニンフは考え直す。超々高熱体圧縮対艦砲(ヘパイストス)くらいだろう。それでも、十分に良くない状況だ。
 共犯者のアストレアは、スイカと同化した智樹に捕まっていて頼りにならない。

「……っ! もう、これしかっ……!」

 ニンフは意を決して、押さえていた雨戸から一歩進んだ。そして、転送カードを取り出す。カードから転送させるのは、手持ち型の大砲……のはずだった。

「っ!? ええっ!?」

 カードが大砲を転送しきる前に体が宙に浮いた。羽を失った彼女にとって久しぶりの浮遊感……どころではない。吊るされているのだ。

「きゃああああっ!!?」

 足首に絡み付いた何かは、そのままニンフを一気に空中まで運んでしまった。あまりの出来事に、転送完了した大砲は手を離れ庭へと落ちてしまう。
 ドシンという音と同時に、雨戸を完全に破壊しイカロスが庭へ飛び出してきた。

「……! これは……!!」

 この庭の惨状を目にしたイカロスは立ち尽くした。それもそうだろう。ほぼ壊滅したスイカ畑から智樹に似たスイカの怪物が生えて、ニンフとアストレアを捕らえているのだから。
 制裁を科す方の存在でも、自由に動けて攻撃する手段を持つイカロスは、この状況を収束させる最後の希望に変わりなかった。逆さまに吊るされたニンフは、めくり落ちるスカートを押さえながら、イカロスに向かって叫んだ。

「アッ、アルファー! 何とかしてぇっ!」
「ニンフ、アストレア、……どういう…………!! マスター……!」
「アンタの永久追尾空対空弾(アルテミス)で一掃……! って、アルファー! 聞いてるの!?」

 イカロスは一度大きく目を見開いて息を飲んだ。そして、紅い目を通常状態の緑へと戻し、うつむいた。

「マスターとスイカに攻撃はできない……」
「!!? 何言って……!」

 力なく首を横に振るイカロスを咎めようとして、彼女は気がついた。エンジェロイドはマスターに絶対服従。イカロスはマスターである智樹を傷つけることは出来ない。
 しまった。ここにそはらや英四郎、美香子がいればまた違ったのだろうが、イカロスにマスターを攻撃させるよう説得するのは難しいことだ。
 ニンフは小さく舌打ちし、アストレアが捕らわれている方を見る。

「いやああぁぁあ!! 溶ける! 溶けてますぅー!!」

 アストレアは完全にスイカに食われてしまっていた。大きな顔のようなスイカの中から悲痛な叫びが聞こえてくる。

「こうなったら、私が……!」

 全滅は避けなければ! ニンフはそう思い、腕に絡み付いた青々とした蔓を力任せに引きちぎった。





◆3.真実の唇 



 ここへ訪れた時は綺麗な夕焼け空であったが、陽はとうに落ちて空を藍に染めていた。
 天井に穴を開けられた教会は、そんな状況すら受け入れる懐の大きさを見せつけ、建っている。
 壇上はスポットライトが当たるようになっているが、建物内は、蝋燭や間接照明により灯りを得る。スポットライトで照らすべき人間がいない今、それらの灯りと天井から照らす月により、更に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 教会の大きな入り口を開き戻ってきた守形英四郎は、規則正しく並んだ長椅子に一人腰掛ける、五月田根美香子の背中に向かって声をかけた。

「……美香子」
「今日はもう遅いから後片付けは明日になるそうよ〜」

 声をかけられた美香子は振り返らずに答えた。少しだけ動いた頭から、壇上の穴を見つめているのだろうと思う。
 壊れたのはある意味偶然だが、壊したのはこちらが原因。さすがにこのまま返却するわけにもいかず、美香子は自分の家を頼った。そして、本格的な修復活動は明日という連絡を受けた。人海戦術により、一日二日で完璧に元に戻るだろう。

「そうか」
「桜井くんたちは帰っちゃった〜?」

 そのままの状態で彼女は後ろにいる英四郎に問う。

「ああ、カオスを連れて……」

 彼の言う「カオス」というのは、この教会の天井を突き破った張本人の名前だ。
 第二世代エンジェロイド、タイプΕ・Chaos(カオス)。イカロス達第一世代より性能が向上した新世代として誕生した彼女であったが、その進化は間違ったものとなってしまった。もともとの能力は高いが、思考はとても幼かった。「愛」を理解しようとしたカオスは、空美町を含め全世界を混乱させようとした。間違った「愛」への理解を元に。
 智樹やイカロス達の活躍により、その暴走を止めたカオスは、シナプスにいるダイダロスへと預けられた。ダイダロスはイカロス達第一世代のエンジェロイドの製作者だ。彼女の元で再調整が行われるはずだったが、どういう訳かカオスは地上に落ちてきた。

「うふふ、まぁた波乱がありそうね〜」

 この場所に智樹とフラグが立っている女の子達を集めてウエディングドレスに着替えさせ、同じように正装させた智樹に選択を迫ったのは、何者でもない美香子だ。
 カオス乱入のせいで、うやむやのままお開きになってしまった。残念にも思うところもあるが、新たな属性−−−妹?を持った刺客が登場したことになる。智樹をめぐる女の子達の動きが更に面白くなりそうだ。

「あまり苛めてやるな、美香子」
「あら〜心外だわ、英くん」

 ここで初めて彼女は英四郎の方を向いた。彼はすぐ斜め後ろに立っていた。

「あんな戦いもあったし、イカロスちゃんにはプロポーズしたっていうし、桜井くんもそろそろ煮えきる時期かしら〜と思って……」

 軽い口調で言いつつ立ち上がる。軽やかな足取りで、赤い絨毯の敷かれたヴァージンロードを歩み、壇上に上がった。

「この場を用意したけど〜、残念ね〜」
「お前が余計な手を回さなくても、アイツは自分で選択できる」

 彼の発言に驚き、美香子は振り向いた。英四郎はさっきまで彼女が座っていたところに、腰を下ろしていた。

「……ずいぶん信頼してるのね、珍しい」

 いつもの柔らかい表情ではなく、真顔に近い表情で言われたことに照れたのか、自らの発言に照れたか、彼はうつむいて眼鏡の位置を直す。
 英四郎には考えつかない行動をしでかす智樹に、いつの間にか多大な信頼を置いていた。ここまでの信頼感を持った相手は、目の前にいる幼馴染み以外今までいなかった。
 話題を変えるように、英四郎は咳払いを一つ。

「……ところで、まだその姿なのか?」
「あら? 似合わない〜?」

 壇上でくるんと回ってみせる。広がる純白のドレスとヴェール。美香子はウエディングドレス姿のままだった。