俺得BOX


◆【8月】真面目に考えた内容が幼馴染みの手によりとんでもないことになっていたのだが、
わりと好評なので良しとする。



 浴衣姿の人々で賑わう参道に多数の夜店が建ち並び、空美町の夏祭りは今年も盛況に催されていた。

「はぁ〜い! これから夏祭り特別企画を始めるわよ〜!」

 美香子のよく通る声が、遠い祭り囃子に混ざり合う。
 夏祭りの企画会場でもある神社の前には、老若男女が大勢集まっていた。彼らはそれぞれ一枚の紙を持っている。

「今年は、屋台の皆さんに全面協力してもらって、ウォークラリー方式にしてみました〜」

 人々の中心にいる、古い時代からこの土地を収める五月田根家の娘が拡声器を持って話し始めると、わぁ! と、歓声が上がり、拍手が起こる。
 その様子を群衆から離れた場所から見守る銀髪の少年。彼の手にも、しっかりと紙が握られていた。







 とある日の放課後。

「場所を借りてもいいかしら〜?」
「別にかまわんが……どうした」

 いつもの余裕はなく、疲れきったような美香子は空いている椅子に力なく座り込んだ。
 英四郎もその声色から覇気のなさを感じ取り、作業を中断させてそちらを向く。

「ん〜……夏祭りの企画を考えているんだけど、まとまらなくって〜」
「……あまりいじめてやるなよ、美香子」
「え〜誰のことかしらねぇ〜。私は、空美町のみんなに喜んでもらいたいだけよ〜」

 美香子は「みんな」を強調して言う。
 祭と言えば、美香子の企画したイベントに釣られた智樹が、大抵犠牲になっている。それはもう様式美と言っていいほどであり、彼女の遊び道具になってしまっているのも否めない。
 智樹の反応がいちいち面白く、あの手この手を打とうと考えていた。

「そうか」
「ねぇ英くん。お祭りの定番って、食べ物以外だとなにかしら?」

 彼女が机の上に広げたノートには、走り書きでいろいろ書かれてはいたが、大多数は打ち消し線で消されていた。
 珍しく相当行き詰まっているらしい。ならば、協力するのもやぶさかではない。
 英四郎は顎に手を当てながら真剣に考えた。

「ふむ……。金魚すくいや射的、輪投げ、ダーツ、くじ引き……」
「金魚すくいはヨーヨー釣りと被っちゃうし、射的……サバゲーは前にやったわよね〜。くじ引きは……」

 英四郎があげたものをノートに書き留める。何がきっかけで思い浮かぶかはわからないので、メモは必須だ。
 独り言で呟かれた美香子の発言から、今まで祭りで行ってきたイベントは、一応祭りに関係したものだったと気がつき、英四郎は感心する。一見違うように感じるプロレスも、人の集まる祭りで興行することも多い。

「今までのだと『みんな』が参加できなくてね〜。私としては『みんな』に楽しんでもらいたいから〜」

 今日の美香子が繰り返す「みんな」というのは、空美町の祭りに参加している全員を指す。祭りに来た一般人然り、屋台の店主然り。
 己の欲望を満たすためだけに考えているのではない。しっかり周囲のことも気にかけ、考えている。
 崇高な意志を酌み、英四郎も他に何かないかともう一度思考を巡らす。ふと、一つ良い案が思い浮かんだ。

「ウォークラリー……とかどうだろうか?」
「え?」

 ノートを見つめ、未だ頭を悩ませていた美香子が顔を上げる。

「指定された屋台をまわり、ポイントを稼ぐ。獲得したポイントで景品と交換。そのポイント数に応じて、景品を変えるのはどうだ? 屋台の店主に協力してもらうのが前提にはなるが」

 思いついたものを瞬く間に整理、再構成して企画者へと提案する。
 祭りでの催しとしては少し離れてしまうだろうが、幼い子供から屋台の店主まで、彼女が想定している「みんな」が参加出来るはずだと考えた。

「さすがは英くん〜!! 素晴らしいわぁ!」

 美香子は、長い暗闇からようやく抜け出たような表情になる。

「ポイント獲得は、なるべく簡単な方がいいわね〜。少ないポイントから還元できるようにして〜……」

 停滞していた美香子のペンがノートを走る。
 一度方向性が決まってしまえば、英四郎にも劣らない頭脳を持つ彼女からは、どんどんとアイディアが湧いてくる。その瞳はキラキラと輝いていた。

「ありがとう、英くん。今年の夏祭りも素敵なお祭りになるわぁ」
 感謝しきりの裏のない満面の笑顔を向けられ少し照れたのか、眼鏡に触れながら視線を落とした。







「地図に印のある屋台でポイントが獲得出来ます〜。地図の下にある枠にスタンプを押して貰ってね〜。獲得条件はお店によっていろいろだけど、難しくないから〜たくさん稼いできてね〜」

 主催者の説明は続く。アシスタントを務めているイカロスが、配られた紙を掲げて、説明を補足する。
 企画内容自体は単純で、難しいことはない。
 英四郎が手に持った地図を見てみれば、大体の屋台に協力して貰えたらしく、印の付いていない方が少ない。

「獲得したポイントは、祭りの本部(ここ)で景品と交換できます〜! お菓子から日用品までさまざま用意してあるわよ〜」

 彼女の背後にある白いテントに用意されていたものの布がめくられた。
 そこには、子供向けの駄菓子から高級家電まで、景品が山のように積み上げられていて、おおーっ!! と、歓声が上がる。
 現時点での反応を見、美香子は一安心する。ここまでが第一段階だ。
 彼女の冷静な目は、ざわつく人々の中で一歩引きながらイベント内容を聞いている猛者達もしっかりと捉えていた。

「今年はずいぶん温いですな」
「いや、まったく」
「……いや、あの会長のことだから、まだ何か隠してるはず……」

 智樹と商店街の店主達の会話が、近くにいる英四郎の耳に自然と入る。
 彼らの言うとおり、「みんな」を意識したせいか、イベント難易度が劇的に下がっていた。
 それは、今までの刺激的な祭りに慣らされてきた参加者には、幾分難易度が緩すぎると彼も感じている。
 英四郎はテントの下に残る、もう一つの白い布の掛かったものを訝しげに睨む。おそらくそれが、屈強な戦士達を奮い立たせるものだろう。
 その中身は、イベントのほとんどを一緒に考えた彼すら知らない、後から彼女が付け足したものだった。

「そして〜、今年最大の目玉はこれよ〜!」
「!?」

 美香子の宣言と共に勢いよく剥がされた布の下には、大きな透明の箱が鎮座していた。おもわず目を見張るその中身が公開され、群衆が叫びに似た声を上げる。
 わざわざ透明にされたその箱の中には、人と現金が入っていたのだ。

「夏祭り特製くじ引き〜! 十ポイントで一回引けるの〜。賞品は、現金百万円や空美町で人気の可愛い女の子とかっこいい男の子よ〜!!」

 賞品とされた人々は後ろ手に縛られ、そこから紐が繋がっている。紐は箱の外に出て一まとめになり、引きやすいように長く垂れ下がっていた。
 美香子の言うとおり、商店街で人気の高い文房具屋の娘マキコや、動物園の飼育係のお姉さん、イベントの説明が始まった頃から姿を見せていなかった、そはらやアストレアもその中に収められていた。男子は、空美中で女子人気を集める六道や瀬口が入っている。
 そんな人々の間に、札束が無造作に揺れる。
 賞品はともかくとして、その体は祭りの屋台にあるくじ引きそのもの。
 雄叫びと黄色い完成が混ざり合い、会場のボルテージが一気に上昇していくのが見て取れた。

「女の子や男の子が当たった場合は、一個だけお願いを聞いてもらえるわよ〜。でも、無茶なお願いはしちゃダメよ〜? 節度を守れる良い子は是非挑戦してね〜」
「はぁい!!」

 予想だにしていなかった賞品に智樹を始め、数々の激闘をくぐり抜けてきた戦士達にも気合いが入ったのが見て取れた。
 相変わらず焚き付けるのが上手いと思いながら、満足げな笑みをしている企画者を英四郎は見た。
 人々の間を抜けて、ぱちりと目が合い、小さく美香子は頷く。彼もまた同じように頷いた。
 美香子は、スタートを告げるためのピストルを上に掲げる。

「みんな地図は貰った〜? じゃあ、夏祭りウォークラリー、開始〜!!」

   パァン!!
 乾いた音を合図とし、戦いの火蓋は切って落とされた。





end 





「俺得BOX」収録タイトル
  【四月】  ReBIRTHDAY 
  【五月】  口付けは口ほどに物を言う 
  【六月】  UOU(Under One Umbrella)
  【七月】  身から出た錆 
  【八月】  真面目に考えた内容が幼馴染みの手によりとんでもないことになっていたのだが、わりと好評なので良しとする。 
  【九月】  てをつなぐ。 
  【十月】  ポーカーフェイスの不器用者 
  【十一月】 Happiness 
  【十二月】 君と過ごす終わりと始まり 
  【一月】  たまには、こうして。 
  【二月】  焦燥感ラバーズ 
  【三月】  ここから再開する(はじまる)物語