温かな重さ




 イカロスとニンフ、それから今回はアストレアを含めた誕生日会を終え、家路につく。
 夜遅いにも関わらず、迎えを呼ばなかった美香子は同じように河原まで付いてきた。正確には付いてきたと言うより、少しだけ前を歩いていたのだが。
 美香子が何を思っているかは解らない。予想出来るときもあるが、今日は違う。
 相変わらず笑みを浮かべている美香子に視線を向けると、ごく自然にテントの中に入っていってしまった。
 全く訳がわからない。
 その姿を追って中に入ると、靴を脱いで上がり込み、客人用の布団を敷いていた。
 時間も遅いし、腹も満たされてる。今日はこのまま寝てしまおう。という、心境を察しての行動だろうか。

「……美香子」
「今日はクリスマスよ〜? 街中は恋人たちで溢れているってときに〜、英くんが一人きりなのは寂しいと思って〜」

 要するに泊まっていくと言うことか。
 知らず出たため息。眼鏡の橋に触れる。
 美香子が一度決めたことを撤回させるのは、甚だ容易ではない。受け入れた方が簡単だ。
 美香子は美香子で寝床を確保したようなので、自分の使う寝袋を用意しようと美香子の横を通過しかけたとき、

「っ!!?」

思いきり腕を引かれた。
 バランスを崩した体は、腕を引きながら後ろに倒れ込む美香子を押し潰しかねない。とっさに掴んでいる手を放し、美香子の顔の横に両手を付くことでその危険を回避した。
 その結果、美香子を押し倒し、覆い被さっているような体勢になっている。そんな俺の下で美香子はとても楽しそうな笑みを浮かべていた。

「何のつもりだ」
「ダメよ〜」

 起き上がりかけた俺の首に腕を引っかけ、体勢を入れ変えた。今度はご丁寧に美香子全部が俺の体の上に乗っていて、床に縫いつけられてしまう。
 全く訳がわからない。
 美香子は顔を上げ、口を開いた。

「クリスマスは〜サンタクロースさんが欲しいものをくれる日でしょう〜?」

 拍子抜けだった。
 この訳がわからない状況で出てきた言葉が、クリスマスに関連したことだったことに。

「良い子にしてるのにいつまでたっても、本当に欲しいものはくれないのよ」

 少し拗ねたような物言い。
 美香子の過去一年の行いを振り返り、果たして「良い子」だったと言えるのかと疑問に思うが、思うだけで口には出さない。

「だから、自分から取りにいくことにしたの〜」

 そこまで言って、美香子は顔を下ろした。胸に重さを感じる。

「そっちの方が私らしいでしょう?」

 確かに自力で奪うか、それが自分の元に向かうように手を回す方が、美香子らしい。
 しかし、その話とこの体勢は何の関係があるのか、解らなかった。

「重い。降りろ、美香子」
「い〜や〜」

 そう言って少しだけ身じろぎし、俺の左肩を少し強い力で掴んだ。体は器用に全て乗っけたまま小さく丸めたようだ。
 これ以降、美香子は俺からの言葉に全く返答をしなくなった。





 いったいどれくらいこの状態でいるのだろうか。感覚では一、二時間くらい。
 美香子の重さには既に慣れてしまっていた。痺れていた足は感覚がない。
 掴まれた手の力は抜けているが、自分の上で気持ち良さそうに寝息をたてる美香子を起こすことはできなかった。
 今日はクリスマス……冬だ。当然テントは普通の家より冷える。触れている部分は暖かいけれど、その他は大分冷えているだろう。
 少し動いたくらいで起きはしないだろうが、恐らくこの体勢を崩したら目を覚ます。
 美香子の体が落ちないよう右腕で支え、体を精一杯曲げて、足元にある掛け布団を引き上げた。触れた黒髪が冷気を含んでいる。これ以上冷えないよう肩の上、顔が少し隠れるくらいに被せる。
 美香子の本当に欲しいものもこの状況の理由も解らずじまい。それでもいいだろうと目を閉じた。目を閉じると感覚が鋭くなるせいか、美香子の微かな鼓動を感じる。
 肩が露出したままで寒いはずが、不思議と寒さを感じることはなかった。



end





遅くなりましたが、クリスマスネタです。
添い寝が大好きです。無防備な姿がね、良いです……!

2010/12/27