花の宴




 桜の盛りになったから、
 空美の大桜でお花見をしよう−−−−−





「うっふふ〜ん、ちょろぉ〜い!」

 空美中の制服を着た少女が、大桜への向かってスキップで駆け上がっていく。二リットルペットボトルが三本ずつ入ったビニール袋を両手に持っているのだが、その重さを感じさせることはない。
 笑顔を浮かべたまま、軽やかな足取りの少女−−−トモ子は大桜でなにやら作業をしている人影を視界に入れた。

「あっ、守形せんぱぁ〜い! 助勢に来ましたッ!!」

 袋を片手にまとめ、その人影に向かってトモ子は大きく手を振る。
 呼ばれた青年−−−守形英四郎は声のした方へ振り返った。彼は手に配線を持ち、動力の確認をしていたようだ。
 少々息をあげて、大桜の下に敷かれた大判のビニールシートに荷物を下ろしているトモ子に訝しげな視線を送る。

「……その格好は?」

 英四郎が彼女にそう問うのにも訳がある。
 トモ子は桜井智樹が量子変換器で変身した姿だ。手伝いに来るのであれば、わざわざそんな姿になる必要もない。
 英四郎の疑問にトモ子は、ぽんっと手のひらを打ってから、スカートをつまんで見せた。少し細めの健康的な太ももが露わになる。

「ああ! これはぁ、飲み物の買い出しを頼まれたんでぇ、ちょっと小細工? ほらこのとおり! たくさんおまけしてもらっちゃいましたぁ!」
「……」

 首を傾げながら荷物を指差し、満面の笑みを浮かべた。口調が甘ったるくなるのは、ブリッ子を具現化させたトモ子故だ。彼女の顔の下には、何百枚もの猫をごく自然に被っている。それは、仲間である英四郎達の前でも、滅多に外されることはない。
 英四郎は視線を下に向け、一つため息をついた。トモ子は相変わらずニコニコとしている。

「これ、提灯ですか?」

 桜をライトアップさせるために枝へと引っかけられた提灯へ目を向けた。

「ああ。さっき美香子のところの若い衆が設置していったんだ。だから、手伝うことは何もないぞ?」

 元々大桜は小高い丘の上にあり、観光地となっているわけではないので街灯もない。夜になればこの一帯は暗闇に閉ざされてしまう。明るい照明ではなく、ぼんやりと照らす提灯を選択したのは大正解だ。

「へぇ……会長もずいぶん本格的にしたなぁ。っ!?」

 トモ子の身体が傾いた。足下に飛び出た何か固い物をふんでしまい、バランスを崩したのだ。

「智樹っ!?」

 英四郎はトモ子の本来の名前を呼び、そのよろけた身体の腕を掴み、おもいっきり引き寄せた。

「……っぅ……!! せ、せんぱっ……!?」

 身体の小さなトモ子は、抱きとめるような英四郎の腕の中に収まってしまう。
 英四郎の動きはとても自然なものだった。特段フェミニストというわけではないが、何か危ないことがあれば、その身を挺して庇うことが多々ある。倒れそうなトモ子を助けたのも、無意識のうちの行動だ。

「えっと、あのっ……ち、ちか……!!」

 トモ子の心臓は何故か大きく脈打っていた。
 今の姿こそ少女だが、自分は男で、英四郎も男であるとわかっているのに、何故か頬に熱が上がり、動悸は激しくなる一方だ。呼吸も何故か苦しくなってくる。
 思考が混乱し、固まり動けなくなっているトモ子の身に危険が迫っていた。
 女の子同士の楽しそうな話し声が丘を登ってくる。二人組だ。

「もう誰か来てるでしょうか。……あっ!」
「守形くんが設営してるはずよ〜。!!」

 約束していた大桜に二人の少女が辿り着いた時、彼らを見た。びくんっ、一定の距離を保って立ち止まる。
 彼女たちの声がやっとトモ子の耳に届いた。
 抱かれているトモ子は泣きそうな表情で、抱いている英四郎はいつもと同じ表情で、立ちすくんでいる風音日和と五月田根美香子の方を向いた。

「え、あ……なんか、ちょ……桜井……く……? お、お邪魔しましたっ!」

 かああぁぁっ、と一気に顔を赤く染めた日和は踵を返した。発言からこの状況をどう思ったのだろうか。

「ちょっ、かざっ……!!」

 唯一真面目でまともな彼女に縋るように腕を伸ばしかけたトモ子だったが、当然届くはずもなく。
 しかし、日和を止めたのは他の誰でもない、隣にいた美香子だった。

「か、会長さん……?」

 肩を捕まえられ振り返った日和に、美香子はうつむいたまま持っていた風呂敷包みを渡した。それと同じものを日和も持っている。

「風音さん、ごめんなさいね? これも、持っててくれるかしら〜……?」

 日和は何度か頷いて、自分の荷物にそれを重ねた。
 うつむいたまま、美香子はトモ子達に歩み寄る。前髪のせいでその表情は見えない。

「まだ日も沈みきらない頃に、なぁにをしているのかしらぁ〜?ちょぉ〜っと会長に教えてくれない〜?」

   ジャキィッ!!
 いつの間にか手にしていた機関銃から不吉な音をさせながら、満面の笑みを二人へ見せた。

「っひぃっ!!」
「待て、これは事……」
「問答無用」

 英四郎の声を遮った美香子は彼らへ銃口を向け、なんのためらいもなくその引き金を引いた。

「あ、あぁっ……!!」

 もしかしたらあったかもしれない愛憎劇の悲しい結末を、日和ただ一人が目撃していたのだった。





「……マスター?」

 マスターである智樹の異変を察知し、イカロスが何もない空間へ視線を向ける。居間に置いてあった粒子変換器が、異常を知らせる音をしばらく響かせて止まったのとほぼ同時だ。

「イカロスおねえさま?」

 隣にいたカオスが不思議そうに見つめてくる。

「ううん、なんでもないわ……」

 イカロスは小さく頭を振り、カオスが握った小さなおにぎりを受け取った。

「出来ましたー!」
「ありがとう、アストレアさん。うわぁ、綺麗に出来たね」

 そういって、アストレアの詰めたお重をそはらが確認する。見栄えはともかく、種類ごとに並んでいて、行楽用のお弁当らしさは十分に出ていた。
 アストレアの「やりきった!」といわんばかりの表情に、そはらも思わず笑みを浮かべる。

「アルファー、こっちも終わったわ。早く行きましょう」
「うん」

 最後の小さなおにぎりを別のお弁当箱に詰め、蓋を閉めた。





 日が延びたとはいえ、夕方になれば暮れ始めてしまえば、あっという間に夜はやってくる。

「大丈夫? 桜井くん」

 ペットボトルの水で濡らしたハンカチで、日和は智樹の額を拭く。
 美香子の攻撃によりぼろぼろになった智樹はビニールシートに横になっていた。トモ子の変身も解けてしまっている。

「せっ、説明しろって言ったじゃないっすかぁ……」

 満身創痍の智樹は美香子の背中に向かって、訴えかける。しかし、当の彼女は

「聞こえな〜い」

といって、両耳を塞いでいた。

「……」

 英四郎は智樹よりやや怪我は少ないが、四つん這いで美香子の椅子にされている。こういう時に彼女へ抵抗はしない。余計に大事……世界を巻き込みかねない大惨事になるからだ。
 地上に沈んでいく太陽を見つめながら、美香子はイカロス達を今か今かと待っていた。

「あ、いたいた! お待たせしましたー!! ……って、この状況は……?」
「お疲れ様〜。待ってたわよ〜。さあさあ、座ってちょうだい〜」

 手負いの智樹と椅子にされている英四郎に驚きを隠せないそはら。何事もないかのように、美香子は席を勧める。
 智樹の横に腰を下ろしたニンフがあきれ顔で言った。カオスも同じように座った。

「まったく……またろくでもないことしたんでしょ、智樹」
「これは冤罪だ……」

 アストレアも口元を押さえながら笑いをこらえていて、目に見えて心配しているのは、イカロスと日和だけだった。

「時間もちょうどいいわね〜。守形くん、灯りつけてくれる〜?」

 そういって椅子から立ち上がった美香子。英四郎はゆっくりとした動作で動力を動かし、提灯をつけた。
 地平線に微かに残る太陽の光。辺りを夜の暗闇が覆い始めていた中、灯された光は桜に反射し、智樹たちを照らした。

「わあ、すごいですね……!」
「キレイ……!」

 そのあまりの美しさに日和とニンフから感嘆の声が漏れる。他の人々も大桜の怪しげな美しさに思わず魅入り、堪能していた。

「夜の大桜ってあまり見たこと無かったから、今日のお花見楽しみにしてたんだ」
「そういや、家大丈夫だったのか?」

 献身的な介護により回復した智樹がそはらに問う。いつだったか、夜に大桜まで出かけようとして家族に止められたはずだ。
 そはらはきょとんとした顔で答えた。

「え? 会長がいるって言ったら、大丈夫だったよ?」
「……」

 まさかそういう回答が来るとは思っていなかった智樹。思わず美香子を見た。その視線に気がついた彼女がにっこりと微笑みを返しす。
 生徒会長で五月田根家の娘という肩書きは、ここまで影響があるのかと彼は思う。

「まっ、俺は花より団子だけどな! イカロス!!」
「はい、マスター」

 横に置いてあった風呂敷包みを取り出し、円陣の中央でそれを開いた。お重の一番上の蓋を開けた。

「おおぉぉっ!! すげぇな、これ!!」

 唐揚げと卵焼きが詰まったおかずのお重。その下のお重には、たくさんのおにぎりが詰まっていた。

「みんなで作ったんだよー」

 今日は休日ではなかったため、大がかりな仕込みは出来なかった。そこで、すぐに出来る行楽用お弁当の定番、おにぎりと唐揚げと卵焼きに的を絞ったのだ。
 お弁当はイカロス達が引き受け、美香子と日和はまた違う物を引き受けた。

「私が詰めましたっ!!」

 しゅぴっ! と手を挙げて、アストレアが主張する。

「アストレアが……? お前、つまみ食いばっかしたんじゃないのか?」
「してませんよーだ!! 我慢したら、もっと美味しく食べられるって聞いたんだもん!」

 どこからそんな話を……と智樹が思っていると、隣にいるニンフの肩が少しだけ動いていた。

「……ニンフか?」
「えへへ、そう」

 ニンフは照れたように笑いながら、頭をかいた。

「はい、どうぞ」

 そうイカロスがいい、すっと智樹の目の前に差し出されたのは、小さなお弁当箱。

「ん? これは?」

 受け取り、その蓋を開る。
 中に詰まっていたのは、ふりかけと海苔で彩られた、小さな手まりのようなおにぎりだった。

「わたしがつくったんだよ、おにいちゃん」

 智樹の膝に手をついて、無邪気な笑顔でカオスが顔を覗き込んだ。カオスの小さな手で握った、智樹専用のおにぎりだ。

「カオスも手伝ったのか! エラいぞ」

 智樹がカオスの頭を撫でると、「きゃっきゃっ」と幼い子はくすぐったそうに笑う。そんな兄妹のような様子をそはらたちは微笑ましく見ていた。
 紙皿と割り箸を全員に渡し、食事が始まる。
 智樹が卵焼きに手を伸ばしたのを見て、ニンフの動きが止まった。

「……っ! あ……」

 その卵焼きが智樹の口に運ばれていくのを、息をするのを止めてじっと見つめる。咀嚼し、喉を通っていくまでを凝視していた。

「うん、美味い。この卵焼きもちょっと焦げてるけど、甘くていいな」
「……よかった……」

 ほっと、肩の力を抜いた。
 あの卵焼きはニンフが作ったものだった。最初に一人で作った時は、とんでもない物が出来て、イカロスに廃棄されてしまった。二回目は不本意ながらイカロスの指導の下で作り、綺麗な黄色に仕上がった。
 智樹に美味しく食べて貰え、人知れずニンフは笑顔を浮かべた。

「この唐揚げも食べてみて、トモちゃん!」

 そはらの紙皿の上に唐揚げがいくつか乗っていて、勧められたとおりそこから一つ取って食べた。

「ン……ん、やっぱり、お弁当の定番は唐揚げだよなー」

 満足そうに頷きながら食べる智樹。この唐揚げは、智樹にとって慣れ親しんだそはらの家の味だ。そはらの目玉焼きは破滅級だが、その他の料理はまともに作ることが出来る。

「柔らかくて美味しいですね。これ、どうやったんですか?」
「えへへ。秘伝の作り方があるんだよ」

 日和に褒められ、誇らしく思ったのかそはらはその秘訣を話し始める。日和も真剣に話に聞き入っていた。
 仲良さそうな二人から目を離すと、アストレアがサッカーボールくらい大きいおにぎりをほおばっているのが見えた。

「……お前はずいぶんでかいな、それ」

 半ばあきれ顔で指摘したのだが、彼女は羨ましがられたと思ったらしく智樹へ見せつけるように向けてきた。

「いいでしょー? 私が握ったんだから!」
「そんなにでかいの食べたら、他が食べられないって。って、」

 智樹がある物に気がついた。腰を上げて、アストレアに近づく。

「っ!!?」

 びっくりして固まったアストレアの頬についたご飯粒を取り、自分の口に運んだ。

「もうちょっとキレイに食べろよ」
「……っ! ば、バーカ!! 絶対あげないんだからっ!!」

 はっと硬直が解除されたアストレアは頬を赤く染めて、勢いよくそっぽを向いた。なぜだか、動力炉が甘く、痛い。

「いらねーよっ、ばーか!!」





 アストレアと英四郎がいるためか、お弁当はあっという間になくなってしまった。

「あれだけあったのに、みんなで食べると早いわね」
「そうだね。ちょっと作りすぎたかと思ったけど、ちょうど良かったかな」

 ニンフが少し驚いたように言う。そはらがお重を仕舞うと、交換というように日和が別のお重をだした。

「それじゃあ、今度は会長達の番ね〜」
「はいっ!!」

 しゅるり、包みを開く。
 日和達が持ってきたお重の中には、お花見にぴったりのお菓子、桜餅が入っていた。

「おおっ……!!」

 こちらもお弁当と同じように二段。あんこを包んだクレープのような「長命寺」と、つぶつぶとした食感でおまんじゅうのような「道明寺」という、二種類の桜餅だ。

「風音さんもいるし〜せっかくだから、二種類作ってみたの〜」
「どちらも人数分ありますから、お好きなの方からどうぞ」

 にこりと微笑んだ日和に促されて、そはらたちはお重に手を伸ばした。

「じゃあ、俺はこっち」

 智樹の掴んだ桜餅に日和が反応する。

「長命寺は私が作ったんです。お口に合えば、良いんですが……」
「風音が作ったんなら安心だ。いただきます」

 塩漬けの桜の葉ごと一口。皮の柔らかさと、あんこの甘みがちょうど良い。

「……ど、どうかな?」
「美味しいから、そんなに心配すんなって。風音の野菜も料理も美味しいって俺は知ってるんだから」
「……っ! あ、ありがとう……桜井くん」

 智樹の言葉に目を見開き、すぐに表情を柔らかくした。ほっとした泣きそうな笑顔で、智樹と同じ長命寺の桜餅を手に取った。

「守形くんは道明寺?」

 有無を言わさず、美香子は道明寺を英四郎に渡す。

「……」
「美味しい?」

 何も言わず食べる彼に向かって、珍しい問いかけをした。言葉では答えず、ただ頷く。

「そう、よかった〜」

 多少料理を嗜む美香子も、桜餅を作るの初めてだった。英四郎の頷きがお世辞だったとしても、それなりに上手くいったようだから、良しとする。
 視線を桜に向けた。少し上空では風が吹いているらしく、桜がサワサワと揺れていた。

「キレイね〜ちょうど満開だわ〜。……もうすぐ守形くんの誕生日よね〜。当日は家に来てくれるかしら?お祝いしたいの〜」
「……ぁぁ」

 桜餅を食べ終えた英四郎は、彼女の誘いに小さく返答したのだった。





「イカロース!」

 いつの間にか席を離れていたイカロスに気が付いた智樹は、彼女の元へと向かった。
 離れていても、彼が名前を呼べばイカロスは返事をする。

「マスター?」

 疑問系で返答したイカロスの隣に智樹は立つ。目の前には、枝だけの細い木が生えていた。

「お前も喰ったのか、桜餅」

 智樹の質問にイカロスは頷いた。しっかりと長命寺、道明寺の二つとも食べている。

「そっか」

 首を傾げて見つめてくるイカロス。智樹は大桜の方を見、口を開いた。

「いやー、遠目から見てもすごいけど、近くで見たらもっとすごいんだな、空美の大桜」

 樹齢四百年を越える大桜は衰えを見せず、たくさんの花を咲かせている。
 風が吹いて、花びらが待った瞬間、智樹はあることを思い出した。

「……あっ、そういえば。お前が落っこちてきたのも、桜咲いてる時だっけか」
「はい」

 英四郎と初めて会って話し、夜の大桜で落ち合おうと約束をしていた時に、イカロスが空から落ちてきた。それから、ニンフがやってきて、アストレアもやってきて、カオスもやってきた。未確認生物が増え、智樹の周辺はとても騒がしくなった。もちろん、彼女たちだけではなく、騒ぎの原因はもう一人いるが。

「早いな〜。まあ、あんだけ毎日ドタバタやってたら、早いか。本当、俺の平和を返してくれ」

 智樹は平和を愛する。何事もなく過ごしていく毎日だったのに、この変貌はなんなのだろう。

「……私たちはご迷惑ですか?」
「い、いや……そんなんじゃないけど。いろいろあるけど、楽しいこともいっぱいあるし、いいんじゃないか。うん」

 イカロスにまっすぐ問われ、しどろもどろになる。
 迷惑だと思う反面、この状況を楽しんでいる自分もいるのは確かだ。だから、智樹の返答は。

「ま、そのままでいいよ。そのままでいい」

 自分にも納得させるように、智樹は言った。
 それと同じぐらいに大桜の下で声が上がる。どうやらアストレアが何かやったようだ。

「何やったんだ、あのバカ。ほら、行こうぜ、イカロス」

 そういって、イカロスに手を差し出した。

「はい、マスター……!」

 イカロスはその手を取って、智樹と共にみんなの元へと戻っていた。





 桜の季節は過ぎても、
 もう少しだけ彼らの非日常は続いていく−−−−−



end





確か、道明寺と長命寺の違いについて調べたのが、きっかけだったと思います。
そらおとの舞台は福岡県なので、道明寺が主流なのかもしれません。
最終的には、上手いこと第一話につなげられて良かったな……と。

2012/04/30 発行
2012/07/08 サイト掲載