反証可能性
神殿のような建物の中を駆け抜けていく。
先頭にはアストレア、イカロス。その後を智樹とニンフが、自分は殿を保つ。ここを抜けた先に目的地が存在する。
行く道の先に人影を察し、先行する二人が立ち止まる。
自分達は追われている身、警戒は怠らない。
曲がり角から出てきたのはよく見知った人物で、全員が息を飲んだのがわかった。
それはここにいるはずのない人物。
地上にいるはずの人物。
見間違えるはずもない。しかし、その背には見覚えのない一対の白い翼があった。
「先は開けておいたわ」
声を聞き違えるはずもない。
「立ち止まっている時間はないはずよ。さあ早く行きなさい」
自分達が置かれている状況はまさしくその通りで、アストレアが再び翼を広げた。
「ありがとう……会長さん」
イカロスが柔らかないつもの微笑みを浮かべた彼女の横を通りすぎる。
「会長が何で……」
「トモキ! 早く!」
戸惑う智樹の腕をニンフが引っ張っていく。
残されたのは自分のみ。
「ほら、英くんも。ここは私に任せて」
発せられる声も同じ。
ただ、見知った私服でも制服でもなく、古代人の着るような生成のゆったりとしたものを身につけている。
「美香子……」
「……その名前で呼ばれるの、好きだったわ」
遠くで自分を呼ぶ声がする。
「美香子」
「なぁに?」
笑みを浮かべて問われる。
眼鏡の橋部分を押し上げ、視線を下に向ける。
「……すぐ戻ってくるからここで待っていろ。一緒に空美町に帰るぞ」
滅多なことでは揺れない彼女の表情が驚きに変わった。そして、一言。
「……ええ、待ってる」
その言葉を聞いて、自分は再び走り出した。
と、いう夢を見た。
頭を一度振り、覚醒を促す。
「はて?」
何故あのような夢を?
パソコンに映し出されていたものを見て理解する。
美香子のデータだった。
五月田根家は天女を祖先とする。
新大陸―――シナプスに人類と似た生物がいるとわかった今、「天女」とはシナプス人のことかもしれない。とすれば、美香子は、五月田根家はシナプス人の血を引いているのではないか。
あの夢はそこから連想されたのだろう。
何、他愛もない夢だ。
現実にはなり得ないし、彼女は現実の存在だ。何故ならば、彼女はシナプス人が見ることが出来ないと言う夢を見ていた。
それだけで十分証明で―――否。可能性が残っている。
ダイブ・ゲームで入り込んだあの夢が彼女のものであったと証明されていない。それに―――
『心配しないで。現実よ、アンタは』
ニンフのこの言葉は「自分以外の誰かが現実ではない」もしくは、「自分のみが現実である」ということだ。ニンフ……イカロスも含めてだが、彼女らはどちらが正解か知っている。
扉をノックする音。
「英くん、いる〜?お昼ご飯食べにいかな〜い?」
そこに姿を見せたのは、いつも通りの幼馴染み。
「ああ、いこう」
パソコンを閉じ、立ち上がった。
微かに生まれた仮定と疑問と不安に無理矢理蓋をする。
血筋だけならいい。
彼女が地上に存在せず、シナプスにいるとしたら、自分はどう思うのだろう。どうするのだろう。
簡単にできるであろう、想像が出来なかった。
「寝ていたのね〜、英くんにしては珍しい」
見え隠れする仮定が、夢の通りにやってこないことを心の中で祈った。
end
会長がシナプス人だったらどうしようという、まんま自分の思考です。
先輩が会長のことを「美香子」と呼ぶのが大好きです。
アニメでは何話だったか忘れましたが、その一話を抜かして(9話現在)全話で名前を呼んでいます。
萌え。
2009/12/03