Sweet Lovers
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代まで遡る。
ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、士気が下がると言う理由からローマ兵士の婚姻を禁止したと言われている。
それを哀れに思ったキリスト教司祭ウァレンティヌス(バレンタイン)は、秘密裏に愛し合う兵士と恋人を結婚させた。しかし、ウァレンティヌスは捕らえられ、処刑されてしまう。
処刑の日は全ての神の女王であり、家庭と結婚の女神であるユノの祝日……2月14日があえて選ばれたのだった。
殉教したウァレンティヌスは後に聖人と認定され、2月14日は愛の誓いの日として世界中で祝われている。
* * * * *
訪れることのない部屋に入る。
この時間は誰もいないのがわかっている。
いつも座っているであろう場所に、持ってきたものを置く。
黄色の小さな切り花。
萎れないよう、切り口に湿らせたティッシュを巻いた。
それを眺めて、一秒。
ポケットに忍ばせておいたリボンを巻く。
そして何事もなかったかのように、部屋を出る。
よく知った部屋に入る。
珍しいことに誰もいない。
いつも座っている場所に、持ってきたものを置く。
綺麗にラッピングされた小さな箱。
かけられたリボンの下にはタグのようなメッセージカードが付いている。
それを眺めて、一秒。
タグを取り払い、握りつぶしてポケットへ。
微かな笑みを残して、部屋を出る。
* * * * *
英四郎が部室のドアを開けると、智樹とイカロス、ニンフとアストレアがいた。一人足りないが、いつも通りの面々だ。
「あ、先輩ちーす。それ、俺たちが来る前に置いてあったんすよ」
「それ」と言われて、彼が視線を向けた先は小さな箱が鎮座している。
「そうか」
興味なさそうな返事に、今日が何の日であるかも興味ないのだろうと智樹は思う。
中身はおそらくチョコレートだ。そして、空美中一の変態と名高い英四郎にバレンタインの贈り物をする女子のことを思い浮かべた。
「先輩、見た目だけなら良いからな……」
「何か言ったか?」
「いえ、何もっ! つか、会長が来る前にそれなんとかしないと!」
大げさなほどに智樹は首を横に振り、今ここにいない危険人物の来襲を懸念した。
置かれていたものとはいえ、英四郎がバレンタインの贈り物を受け取ったのだ。そのとばっちりは確実に自分へやってくるだろう。
「いや、大丈夫だ」
そんな心配をよそに、手のひらに収まるほどの小さな箱を手にして、そう英四郎は呟いた。
美香子が生徒会室のドアを開けると、そはらがいた。忘れがちではあるが、そはらも生徒会役員で会計役だ。
「お疲れさまです、会長。それ、私が来る前に置いてあったんですよ」
「それ」と言われて、彼女が視線を向けた先には黄色の花が鎮座している。
「そう〜」
いつもと変わらない柔らかな返事と表情。
そはらは小さな花の送り主を想像する。バレンタインデーというこの日にこっそりと生徒会室に忍び込んで、贈り物をした誰かを。
「会長、無茶するけど人気あるからなあ……」
「何か言ったかしら〜?」
「いえ、何も!それ誰からなんでしょうね」
首を横に振りつつ、顔の前で手も振ってみせる。
桜井智樹という遊び道具を得た美香子が、今まで以上に周りを巻き込んだイベント事を開催するが、不思議と人気は陰らない。送り主も好意を持った誰かなのだろう。
「うふふ、そうね〜」
そんな想像をよそに、口づけるように小さな花を近づけ、美香子はそう言って微笑んだ。
「こんなことするのは一人しかいない」
「こんなことするのは一人しかいないわ〜」
end
遅くなったバレンタインネタです。
バレンタイン時にはほぼ出来上がっていたのですが、そのまま放置。
29日に更新したくて突貫工事しましたが、無理でした。
先輩が贈ったのはフリージア。花言葉は、黄色なので純潔・無邪気。
福寿草案もありました。
2012/03/01