僕との秘密
「好きだよ」
突然言われてもすぐに反応出来るわけが無くて。
それはいつまでも慣れることが出来ずに、その反応の仕方がワンパターンになっている。
「……わかってる」
少しうつむいて、お前にしか聞こえないような声で言う。
「うん。俺もわかってるから。でも、言っておきたかったんだよ」
きゅっと手を握られて、その手の温かさにちょっとだけ泣きたくなる。
その温かさが少しでも自分にあればいい。少しでも想いが伝わっていればいい。
そう思って、握り返すだけでお前はわかってくれる。
本当はちゃんと言いたいんだ。
だけど、その言葉だけが頭の中でだけずっとまわって、口まで下りてこない。
空回りを続ける自分の気持ち。
さて……どうする……?
いつも降りる駅を通り過ぎて、さらに先の駅を目指す。
「でも、本当に珍しいよね。若から誘ってくれるなんて」
通勤ラッシュも過ぎているはずだが、座るところが無くてドアの近くに立っている。俺がドアの端に立ち、向かい合うように長太郎が立っているので、少々不自然な状態だ。
「……別に」
「ねぇ、どこへ連れてってくれるの?」
この遠出を思いついたのは昨日の夜。思い立ったが吉日。ということで今日、朝練が終わった後に誘ってみた。
予想通り……というか、予想以上の喜びようで後をついてきた。
「花見」
さすがにここまできて、黙っているわけにはいかないか。
「お花見? でも、この時期じゃもう桜、咲いてないよ?」
「桜は……だろ」
「ちがうの?」
「違う」
「ん〜、じゃあなんだろう」
どうやら、こいつの頭の中では花見の花と言えば、桜だけのようだ。
それならいい機会かもしれない。桜だけじゃない、もっと綺麗な花を見せてやろう。
停車駅を知らせるアナウンスが流れて、電車が止まる。
「おい、降りるぞ」
駅からしばらく歩いて、目的地に着いたときにはすでに7時半をまわっていた。
二人とも家には遅くなると連絡を入れているので、そのあたりは心配ない。
「ここって……」
入口で長太郎が立ち止まる。
「寺」
「……ですよねぇ……」
「ほら、立ち止まってねぇで行くぞ」
追い抜かして中に入っていく。
「ちょっ……ちょっと待ってよっ!!」
夜の墓というのは気持ち悪いが、こっちから入った方が近い。
いつも通っていた道を通り抜けて、淡く光がもれる目的の場所を目指す。
本堂へ続く道の両脇にそれはあった。
「っ……わぁ……!!」
溢れるような青。街灯の淡い光に照らされて幻想的な雰囲気がここに流れている。
後ろから着いてきていた長太郎も驚いたようにそれに近づいていった。
「すごい! きれいー……。これって藤だよね!!?」
「ブドウに見えるのか」
たまにはボケてみる。こういった返し方を教えてくれたのもこいつだ。
「見えないよ。……すごーい、満開だぁ……」
丁度いい時期に来られて良かった。
この寺院の藤棚は有名で、観光客が訪れたりしているのを何度か見かけたことがある。
「ありがとう、若。こんなに綺麗なもの見せてくれて!」
めいっぱいの笑顔で振り返った瞬間。
この瞬間にいわないと、きっとずっと言えない。
半ば、胸の中に飛び込むように長太郎の右手を両手で握った。そして、そのまま。
「ずっと、ずっと、ちゃんと好きだから! ………だから、これからも……側に……い……て」
いざ声に出すとかなり恥ずかしい。言葉尻が小さくなっていくのが自分でもよくわかった。
強いくらいに手を握って、またうつむいて、長太郎の言葉を待った。
「若……」
左腕が背中にまわり、ふんわりと優しい仕草で抱きしめられる。
「ありがとう。俺もずっと大好きだよ。若に嫌だって言われても、しつこいって言われても、ずっと側にいるからね」
ゆっくりと顔を上げた先にはやんわりと微笑んだ顔。
愛しい気持ちが溢れてきて、訳もわからず泣きたくなった。宥めるように髪を撫でられたから、すっと目を閉じた。
end
いつぞや言っていた春のお話です。
テーマはKraの「ぼくとの秘密」。個人的ちょたひよイメージ曲です。
藤棚が有名な寺は地元にあります。本当に綺麗でした。
2005/12/01